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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5905号 判決

原告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

被告 鈴木カメ

主文

被告は、原告の代位申請があるときは、東京都品川区上大崎中丸四〇二番地大崎アパート内塚田要人のために東京都渋谷区栄通一丁目一二番の四宅地一〇七坪八合六勺につき昭和二三年三月一七日附売買による所有権移転登記手続をすること。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告の請求の趣旨及び原因は別紙訴状記載のとおりであり、これに対する被告の答弁は別紙答弁書記載のとおりである。なお、当事者双方は、それぞれ別紙準備書面記載のとおり、相手方の主張事実に対する認否を明らかにし、その法律上の主張を開陳した。

証拠関係は、原告において甲第一ないし第四号証を提出し、証人春名泰造の尋問を求め、乙号各証の成立を認め、

被告において乙第一号証の一、二、第二ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇ないし第二七号証、第二八号証の一、二、第二九ないし第三七号証、第三八、第三九号証の各一、二、第四〇ないし第四二号証を提出し、証人鈴木定一の尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

左記の事実は当事者間に争がない。

被告が訴外塚田要人に対して、昭和二三年三月一七日、主文第一項掲記の本件土地をふくむ宅地一五五坪一合一勺を代金二〇万円で売り渡し、その代金を受領すると同時に所有権移転登記手続に必要な委任状、印鑑証明書及び登記済証を右訴外人に交付したこと、訴外塚田が前記買受土地を四七坪二合五勺と一〇七坪八合六勺(本件土地)の二筆に分割し、四七坪二合五勺の一筆を被告の交付した前記委任状等を利用して昭和二三年六月三日他に処分し、本件土地については所有権移転登記手続をしないまま今日に至つていること、

被告が訴外塚田に対して昭和二四年七月三〇日内容証明郵便をもつて右書面到達后一月以内に本件土地につき所有権移転登記手続をするように催告したが、右訴外人がこれに応じなかつたため、被告は関係行政庁から本件土地の所有者として取り扱われ、或いは土地区画整理事業の関係人とされ、或いは固定資産税や都市計画税等の納税義務者とされて多大の迷惑を蒙つたこと、ことに東京都渋谷税務事務所からはしばしば固定資産税や都市計画税の督促状をうけ、また、差押調書謄本の送達や公売通知をうけたりしてその名誉を害され、延いては公認会計士及び税理士である被告の夫定一の信用品位にも好ましからざる影響を及ぼしたこと。この間、被告から右訴外人に対して何回となく書面又は口頭で所有権移転登記手続をするように催告したが、右訴外人がこれに応じなかつたこと。昭和三二年三月二〇日に、被告から訴外人に対し内容証明郵便で登記手続の不履行によつて被告が多大の迷惑を蒙つていることを伝え、書面到達后速やかに登記手続をなすべく、もし応じない場合は訴外人自から売買契約を破棄したものと看做して被告において本件土地を他に売却し、売却代金をもつて税金、諸費用及び損害の賠償に充当する旨を通知したところ、右訴外人もこれに応ずることになり、被告と右訴外人は共に司法書士佐藤八郎に登記申請手続を委任し、被告は同書士に被告の委任状を交付し、何時でも登記の申請をなしうるように準備を整えた上、仝年五月一〇日右訴外人に対し速やかに申諸手続を完了するように催告したが、右訴外人において遂にこれを履行しなかつたこと。その間、被告は昭和三二年三月三〇日附東京都渋谷税務事務所の固定資産税及び都市計画税の督促状をうけ、同年四月九日附同事務所の公売通知をうけ、仝年五月一六日附同事務所の固定資産税督促状をうけていること。

昭和三二年六月一一日、被告は原告から原告が訴外塚田に代位して本件土他の所有権移転登記をするため承諾書の提出方を求められたが、これを拒絶したこと、

被告が昭和三三年四月一二日附東京都渋谷税務事務所の昭和三三年度固定資産税及び都市計画税の徴税令書の送達をうけ、仝年六月五日附仝事務所の右両税についての督促状をうけていること

被告が訴外塚田に対して昭和三三年八月一二日到達の書面で書面到達后二週間以内に所有権移転登記手続をするように催告したが、右訴外人がこれに応じなかつたので、被告が右の不履行を理由として仝月二九日右訴外人に対して本件土地の売買契約を解除する旨の意思表示をしたこと、

本件土地について被告の負担する公租公課、被告が前項の催告及び解除の意思表示をなした当時には、昭和三三年度分固定資産税及び都市計画税だけが未納になつていて、その他はすべて訴外塚田において納付済であつたこと。

以上の事実は当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一ないし第四号証と証人春名泰造の証言によれば、訴外塚田要人は昭和二八年度分所得税七七〇、四五〇円を現に滞納しており、本件土地の賃料として年間約二八万円の地代収入があるだけで他にみるべき資産がなく、右の滞納租税を納付できない状態にあることが認められ、また、春名証人の証言によれば、訴外塚田は原告国の係官から昭和三二年夏頃から右の租税債権を保全するため原告国において右訴外人に代位して前記売買契約にもとづき本件土地の所有権移転登記手続をなすべきことを告げられ、さらに昭和三三年三月二六日頃大蔵事務官春名泰造から書面によつて右の代位権行使の通告をうけていたことが認められ、また、成立に争のない乙第三六号証によれば、本件土地の昭和三三年度分の固定資産税及び都市計画税は合計九〇、八〇〇円であることが明らかである。

以上の事実にもとづいて、本訴における法律判断を示せば、次のとおりである。

(1)、訴外塚田要人は昭和二三年三月一七日被告から本件土地をふくむ宅地一五五坪一合一勺を代金二〇万円で買受け、その代金を支払いながら本件土地一〇七坪八合六勺については所有権移転登記手続をしないで現在に至つており、一方原告の国に対して七七〇、四五〇円の租税債務を負担し、これを納付できない状態にあるのだから、原告国は右訴外人に代位してその租税債権を保全するため被告に対して本件土地につき右売買を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる。

(2)、被告は右売買契約は訴外塚田の登記手続の懈怠によつて昭和三三年八月二九日被告によつて解除されたものであるから、原告は債権者代位権を行使して被告に対して右売買による所有権移転登記手続を求めるに由なきものであると抗弁し、原告は、これに対し、登記手続の懈怠を理由として売買契約を解除することは許されない。仮りにこの点をゆづつても、訴外塚田は被告から被告主張の契約解除の前提となつている登記手続履行の催告をうけていた当時にはすでに原告が被告に対して本件の代位権を行使していることを知つていたのであるから、代位の効果として、右訴外人には所有権移転登記請求権を行使する権能がなかつたのである。したがつて被告のなした催告はその効なく、訴外塚田には被告のいうような債務不履行もなければ債権者としての受領遅滞もないことになるから、被告のなした解除の意思表示はその効力を生じないと主張し、これに対して、被告は所有権移転登記手続をすることは事柄の性質上代位の効果たるいわゆる権利の処分禁止のうちにふくまれるものではないから被告が訴外塚田に対してなした登記手続履行の催告は有効である。といい、さらに原告は、昭和三二年六月一一日原告は被告に対して代位権を行使して本件土地の所有権移転登記手続に協力を求めたが、被告はこれを拒絶した。第三債務者は債権者から代位権行使の請求をうけたときは代位権者に対して信義則に従つて債務の履行をなすべきものであるから、原告代位権行使の請求が存続している以上、被告は原告に対してその履行をなすべきものであるから、債務者たる訴外塚田に被告主張のように債務不履行や受領遅滞の問題が生ずる余地はなく、被告は原告の代位権行使の請求に応じて所有権移転登記手続をなすべきものであるといい、それぞれ詳細な法律論を展開している。

思うに、(イ)、売買契約とこれにもとづく所有権移転登記手続との間には密接不離の関係があるが、債務不履行を理由とする契約の解除は契約の本質的要素をなす債務の履行がなく、これがため契約をなした目的を達することができない場合に債権者を救済しようとする制度であるから、買主たる訴外塚田が売主たる被告に対し土地買受代金の全額を支払つている以上、被告はこれによつて本件土地の売買契約をなした目的を完全に達したものというべく、したがつて訴外塚田が右売買による所有権移転登記手続をなすことを怠つていたからといつて、被告と訴外塚田との間にその旨の特約があるか、または特別の事情のない限り、被告は訴外塚田の所有権移転登記手続の懈怠を理由として本件売買契約を解除することはできないものと解しなければならない。この点は、被告と訴外塚田との間に被告のいうように訴外塚田において所有権移転登記手続をなすべき旨の約定があつたとしても同様であつて、なんらその結論を異にしない。昭和一三年九月三〇日大審院民二部判決(民集一七巻一九号所載)は、公租公課及び利息の支払のようないわゆる売買契約に附随する義務の不履行によつては、当事者間に特別の約定のない限り、売買契約そのものを解除することはできないとしているが、この判例は登記手続の懈怠の場合にも推及されて然るべきものと思われる。ただ当裁判所は、ひとり解除の特約がある場合に限らず、売買契約とこれにもとづく所有権移転登記手続との間には密接な関係があり、所有権の移転登記が固定資産税等の被課税者の決定と不可分の関係にある点からみて、買主の登記手続の懈怠によつて売主が事実上売買契約の目的を達し得ない場合とほぼ仝様の不利益を蒙つており、しかも、買主の登記手続の懈怠に信義則に違反するような場合にも登記手続の懈怠を理由として売買契約そのものを解除することができるものと解するのが正しいと考える。本件についてこれをみると、本件土地をふくむ宅地一五五坪一合一勺の売買代金が金二〇万円であつたこと、買主たる訴外塚田が所有権移転登記手続をしなかつたために公簿上の所有者たる被告に対して固定資産税及び都市計画税が課せられ、昭和三三年度におけるその税額が九〇、八〇〇円であつたことは前示のとおりであり、しかも訴外塚田は、前示のように、被告からしばしば書面又は口頭によつて速やかに登記申請手続をするように催告をうけ、被告から申請に必要な委任状その他の書類の交付もうけていて何時でも登記手続ができる状態にあつたのに登記手続の懈怠によつて被告が多大の迷惑を蒙つていることを知りながら約一〇年間これを放置して顧みなかつたのである。その結果、被告は昭和三三年度の固定資産税及び都市計画税として九万余円を課税され、現に売買代金の約半額を失うと同様の不利益を蒙つており、しかもこの不利益は挙げて買主たる訴外塚田の不誠意と不信義によつて惹起されたものに外ならないのであるから、もし後段(ハ)に認定するような特別の阻却事由さえなければ、被告は訴外塚田に対して、その抗弁するが如く、同人の登記手続の懈怠を理由として本件売買契約を解除することができたものといわなければならない。

(ロ)、原告は、右の点に関し、訴外塚田は被告から契約解除の前提たる登記手続履行の催告をうけた当時にはすでに原告が被告に対して代位権行使の請求をしていることを知つていたのであるから、代位の効果として、同訴外人には所有権移転登記請求権を行使する権能が失われていたものであり、したがつて同人に対する被告の催告は催告としての効力を生じ得ないものであるというが、所有権移転登記をすることはいわゆる権利の処分行為ではなく、その保存行為にすぎないものであるから、債権者たる原告が訴外塚田に代位して第三債務者たる被告に対して本件土地の所有権移転登記請求権を行使し、訴外塚田においてこの事実を知つていたとしても、右訴外人がこれによつて登記請求権の行使を妨げられるべき理由はない。蓋し、訴外塚田が登記請求権を行使して被告から所有権移転登記をうけたとしても、債権者たる原告の債権保全の上になんらの支障がないばかりか、原告はこれによつて完全にその所期の目的を達することができるのであるから、債権者代位制度の目的からいつて少しもこれを制限する必要がないからである。原告援用の昭和一四年五月一六日大審院判例は、被告所論のとおり、本件とは別異の事案に関するものであつて、本件に適切な先例ではない。

(ハ)、しかしながら、原告が昭和三二年六月一一日被告に対して訴外塚田に代位して本件土地の所有権移転登記手続を求めたところ、被告がこれを拒絶したことは前記のとおり当事者間に争のない事実であり、成立に争のない乙第三三号証と証人鈴木定一の証言によれば、被告が原告の請求を拒んだのはすでに訴外塚田に登記手続に必要な関係書類を交付しており、同訴外人において登記をする手筈になつているから、原告に対して重ねて代位登記の申請に必要な同意書を交付することはできないというだけの理由によるものであつて、原告が代位権者であることを争うとか、その他首肯するに足るような格別の理由があつたわけではないことがわかる。債権者代位権は債権者のために法律がとくに認めた権利なのであるから、第三債務者は正当の事由のない限りこれを拒むことができないことが勿論であつて、これを拒んだ場合には債務不履行の責任が生ずるものといわなければならない。被告は正当の理由なくして原告の請求を拒んだのであるから、これによつて生じた不利益は被告自から負担すべく、これを他人に転嫁することは許されない。もし、被告が法律の要求するとおりに原告の請求に応じていたとすれば、遅くとも昭和三三年一月一日までには本件土地の所有権移転登記が行われ、その結果として、訴外塚田が土地台帳に所有者として登録され、昭和三三年度の固定資産税や都市計画税は同訴外人に対して賦課され、被告は右の課税を免かれ、訴外塚田との売買契約に伴う課税上の不利益を完全に解消し得た筈である。こうした結果をおさめ得なかつたのは一に被告自身の債務不履行に因るものであつて、自から招いた損害に外ならないものというべく、したがつて、被告は訴外塚田の登記手続の懈怠によつて九万余円の課税をうけ著しい不利益を蒙つたことを理由として本件売買契約を解除することはできないものと解する外はない。なお、被告は訴外塚田の登記手続の懈怠によつてその名誉を毀損される等甚大なる被害を蒙つたというが、こうした被害に対しては別途の救済を求むべきものであつて、これを理由として本件売買契約そのものを解除できないことは多くいうまでもあるまい。

右のとおり、原告の請求はその理由があるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

訴状

請求の趣旨

一、被告は、訴外塚田要人のため別紙目録記載の土地につき昭和二十三年三月十七日売買による所有権移転登記手続をしなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因

一、訴外塚田要人(東京都品川区上大崎中丸四〇二番地大崎アパート居住)は、原告国(所管品川税務署)に対して昭和二十八年分所得税滞納額金七七〇、四五〇円(内訳本税六一六、四五〇円無申告加算税一五四、〇〇〇円)の租税債務を負担しているが、再三の督促にも拘らずこれを納付しない。

二、右滞納者塚田は、別紙目録記載の不動産を昭和二十三年三月十七日代金二十万円で被告から買い受けたが、その登記は依然被告名義となつており、なお右塚田は該不動産以外に前記租税債務を弁済するに足りる資産を有していない。

そこで原告は前記滞納税金徴収のため該不動産を差押する必要があるので、訴外塚田に代位し、被告に対して右売買にもとずく所有権移転登記手続を求めたが、被告はこれに応じない。

三、よつて、原告は本訴請求に及んだ次第である。

物件目録

東京都渋谷区栄通壱丁目拾弐番ノ四

一宅地 百七坪八合六勺

答弁書

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める

請求の原因に対する答弁

一、訴状請求の原因第一項不知

二、同第二項中本件不動産を原告主張の如く訴外塚田に売渡したこと及び登記が依然被告名義となつていることは認めるが、訴外塚田は該不動産以外に前記租税債務を弁済するに足りる資産を有していないとの事実は不知

原告が被告に対し塚田要人に代位して所有権移転登記をする為に承諾書の提出を求めたことは認める。

被告の主張

一、被告は訴外塚田要人に対し昭和二十三年三月十七日本件土地を含む百五十五坪一合一勺の宅地を金二十萬円を以て売渡し代金を受領すると同時にその要請により所有権移転登記手続に必要なる委任状、印鑑証明書及び登記済証を同訴外人に交付した。

よつて被告は昭和二十三年分所得税申告において右宅地譲渡による所得を計上して申告納税したところ意外にも巨額の更正決定を受けたので調査したところ訴外塚田曩に被告が交付した委任状を利用して被告の名義のまゝ右宅地を四十七坪二合五勺と百七坪八合六勺の二筆に分割し昭和二十三年六月三日四十七坪二合五勺を被告の名義で訴外日本相互銀行に対し一坪につき金一萬円で譲渡したからであることが判明した。

被告としては真に迷惑千萬なことであるが納税期間内に加算税を附加して一応完納せざるべからざるの已むなきに至り之を完納すると共に審査請求の手続をとり一方訴外塚田に対し昭和二十四年七月三十日内容証明郵便を以て右損害の補償を求むると共に該書面到達後一ケ月内に残地の所有権移転登記手続の完遂を求めた。(乙第一号証の一、二)

二、然れども訴外塚田は依然として所有権移転登記手続をしないので被告は

昭和二十五年三月十三日附渋谷区役所の地租増微分滞納支払の催告を受け(乙第二号証)

同年十二月十二日附東京都渋谷税務事務所の固定資産税納税注意書を受け(乙第三号証)

昭和二十六年一月十六日附同税務事務所の差押調書謄本の送達を受け(第四号証)

同年一月三十日附同税務事務所の固定資産税督促状を受け(乙第五号証)

同年二月九日附同税務事務所の公売通知を受け(乙第六号証)

同年四月十七日附同税務事務所の昭和二十六年度固定資産税徴税令書の送達を受け(乙第七号証)

同年四月二十五日附同税事務所の公売通知を受け(乙第八号証)

同年五月十二日附同税務事務所の公売通知を受け(乙第九号証)

同年五月三十日附同税務事務所の固定資産税督促状を受け(乙第一〇号証)

同年十二月十一日附同税務事務所の昭和二十六年度固定資産税第四期分徴税令書の送達を受け(乙第一一号証)

昭和二十七年十一月十五日附同税務事務所の差押調書謄本の送達を受け(乙第一二号証)

同年十二月十五日附同税務事務所の公売通知を受け(乙第一三号証)

昭和二十八年五月四日附同税務事務所の昭和二十八年度固定資産税徴税令書の送達を受け(乙第一四号証)

同年五月十二日附同税務事務所の固定資産税の督促状を受け(乙第一五号証)

昭和三十年八月二十九日附東京特別都市計画土地区画整理事業施行者東京都知事安井誠一郎より仮換地指定通知を受け(乙第一六号証)

同年九月七日附東京都第三復興区画整理事務所の受領書提出の催告を受け(乙第一七号証)

同年九月二十八日附東京都渋谷税務事務所の差押調書謄本の送達を受け(乙第一八号証)

昭和三十一年一月十二日東京都第三復興区画整理事務所より固定資産税免除申請書の送達を受け(乙第一九号証の一、二)

同年四月五日附同税務事務所の納税催告を受け(乙第二〇号証)

同年四月十四日附同税務事務所の昭和三十一年度固定資産税徴税令書の送達を受け(乙第二一号証)

同年七月六日附同税務事務所の昭和三十一年度都市計画税徴税令書の送達を受け(乙第二二号証)

同年八月二十四日附同税務事務所の固定資産税及都市計画税の督促状を受け(乙第二三号証)

同年九月十四日附同税務事務所の固定資産税督促状を受け(乙第二四号証)

同年十月六日附同税務事務所の差押公売予告を受け(乙第二五号証)

同年十一月八日附同税務事務所の公売通知を受け(乙第二六号証)

昭和三十二年一月三十日附同税務事務所の固定資産税及都市計画税の督促状を受けた(乙第二七号証)

三、右は書類の現存するものゝみを掲記したが此外訴外人に送付又は引渡したものを加ふればまだまだ大変な数の書面を接受している。その煩雑、迷惑不快、不名誉さは蓋し筆舌のよく尽すところにあらず殊に被告の夫は公認会計士、税理士の業務を営むものでその信用品位に及ぼす影響は一般に比較し重大である。よつて被告としては訴外人に対し書面又は口頭を以て幾回となく登記の実行方を催告したが何故か訴外人は之を実行しない。よつて被告は昭和三十二年三月二十日内容証明郵便を以て前記実状を訴え同書面到達後直ちに所有権移転登記手続を為すべく然らざる場合は訴外人自から契約を破棄したものと看做して宅地を他に売却し税金、諸費用、損害賠償に充当する旨通告した(乙第二八号証の一、二)ところこれに対し同年四月九日所有権移転登記をするから期日を指定してくれとの通知あり協議の結果五月五日と決定したが其後訴外人から五月十日に延期の申入れがあり被告は之を承諾した。同日管轄登記所である東京法務局渋谷出張所において被告の代理人夫定一は訴外人に面接したところ同訴外人は登録税の調達ができないので暫時延期してくれと申出てたので速かに完了すべき旨を要望して之を承諾し双方で同出張所構内司法書士佐藤八郎に申請手続を委任し同書士に被告の委任状を交付した。

此間にも被告は

昭和三十二年三月三十日附東京都渋谷税務事務所の固定資産税及都市計画税の督促状を受け(乙第二九号証)

同年四月九日附同税務事務所の公売通知を受け(乙第三〇号証)

同年五月十六日附同税務事務所の固定資産税督促状を受けた。(乙第三一号証)

前記五月十日被告は訴外人に対し速かに登記を完了すべく要請しておいたのに同年同月二十七日曩に登記手続を委任した司法書士佐藤八郎より訴外人が翌日(十一日)住民票抄本及び土地の固定資産税証明書を持参すべき約束であるのに本日に至るも持参しない旨の書面あり(乙第三二号証)

次いで同年六月十一日被告は品川税務所に呼出を受け夫定一出頭したところ本件、土地売買等の詳細につき大蔵事務官牧田敏己同藤田実郎の質問を受け且つ塚田要人に代位して所有権移転登記をする為に承諾書の提出を求められたが被告としては既に二回に亘り訴外人に登記委任状を交付したことではあるし且つ萬一訴外人から如何なる難題を吹きかけられるやも知れないので之を拒絶した。(乙第三三号証)

其後被告は昭和三十二年七月二十六日附東京地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第四三九四号仮処分申請事件の仮処分決定正本の送達を受け(乙第三四号証)

又昭和三十三年一月二十二日附手紙を以て司法書士佐藤八郎は其後訴外人から連絡がないこと、一月二十日東京国税局徴収課春名泰造が来り本件不動産に対し仮処分登記がなされていること其他につき談つた旨を通報し来り(乙第三五号証)

同年四月十二日附東京都渋谷税務事務所の昭和三十三年度固定資産税都市計画税徴税令書の送達を受け(乙第三六号証)

同年六月五日附同税務事務所の固定資産税及都市計画税の督促状を受け(乙第三七号証)

同年七月二十九日本件訴状の送達を受けた

四、以上縷述した通り被告としては売買契約上の義務を完全に履行しており唯訴外人が受領遅滞-債務不履行に陥つているだけである。而して被告は訴外人の右受領遅滞-債務不履行により名誉を毀損される等甚大なる被害を蒙つているので訴外人に対し昭和三十三年八月十一日書面を以て該書面到達後二週間内に所有権移転登記を実行すべき旨催告し該書面は同月十二日訴外人に到達したが(乙第三八号証の一、二)訴外人は右期間内に実行しないので被告は同年同月二十八日書面を以て前記土地売買契約は之を解除する旨の意思を表示し同書面は同月二十九日訴外人に到達し茲に右土地売買契約は解除となつた。(乙第三九号証の一、二)従つて被告は訴外人に対し本件土地所有権移転登記義務を負担するものにあらざるを以て原告の本訴請求は失当である。

五、大審院大正四年(オ)第七七号事件判決は「売買において買主は其目的物を受領すべき権利あるも之を受領すべき義務を負担するものにあらず随而買主か売買の目的物の受領を拒絶したりとせはこれ権利の不行使にして受領遅滞の責を負うも債務の不履行にあらず売主は之を理由として売買を解除し得べからず」と云つているが(民録二一輯五八頁)斯くの如き素朴的な理論は現在においては到底納得できない。況んや民法第一条が創設せられたる今日においておや。

抑々債権関係は単なる債権債務の総和ではなく信義誠実の原則により支配される一つの協同体でありそれに伴う多くの権能と義務を包含し当該契約によつて企図された共同の目的に向つて相協力する緊密な有機的関係である。債権者は債務者が適法な提供をなしたときは、之を受領すると否との自由を有するものでなく受領不能でないかぎり民法第一条の信義誠実の原則に従い、受領すべき法律上の義務あること言を俟たない。債権者は受領の権利は有するが義務はなく受領を為すと否とはその恣意に委せられるとの前記判例は民法第一条に正面から反するものであり、今や受領遅滞もまた債務不履行と解すべきである。これは受領遅滞に関する民法第四百十三条の規定が債権の効力(債務不履行)の規定中にあり他に特別の規定がないことや受領義務を認むる独逸民法と異り売買や請負に受領義務が明定されていない民法の構成からも亦斯く解すべきである。従つて民法第五四一条の規定に則り契約を解除し得ること勿論である。

昭和三三年一一月一三日附原告準備書面

第一、答弁書記載の被告の主張に対する認否

一、第一項ないし第三項認める。但し、被告主張の昭和二十三年分所得税の更正決定はその後取り消されており、また被告主張のその他の諸税は、昭和三十三年分固定資産税及び都市計画税(乙第三六号証)を除き、訴外塚田要人において納付ずみであつて、被告が本件不動産の所有権移転登記が遅れたことによつて受けた不利益は被告が主張されるほどのものではない。

二、第四項被告主張の各事実は認める(すなはち被告が訴外塚田に対してその主張の日時にその主張のような内容の催告の書面を発送し、右書面がその主張の日時に訴外塚田に到達したこと、訴外塚田が右書面に定められた期間内に登記申請をしなかつたこと及び被告がその主張の日時にその主張のような意思表示をし、同書面がその主張の日時に訴外塚田に到達したことは認める。)。その余は争う。

三、第五項争う。

第二、原告の主張

被告は、訴外塚田要人は買主として本件不動産の所有権移転登記申請手続をなすべき義務があるにかかわらずその履行を怠り、被告が昭和三十三年八月十一日期限を二週間と定めて右履行を請求したに対してもこれに応じなかつた。よつて被告は同月二十九日本件不動産の売買契約を解除したものであり、従つて被告には既に本件請求に応ずる義務が無い旨主張されている

しかし、訴外塚田には契約上右登記申請をなすべき義務が無いし、また仮に然らずとしても、被告の右督促は契約解除権発生の要件たる履行の督促としてその効力が無いから、結局被告の右主張は失当である。以下その理由を明らかにする。

一、(訴外塚田には本件不動産の移転登記申請の義務が無い)

被告は、訴外塚田は被告から必要な書類の交付を受けながら本件不動産の移転登記申請を怠り、受領遅滞-債務不履行に陥つたものである旨主張されている。しかし受領遅滞は債務不履行の一態様ではなく、訴外塚田には受領遅滞はあつても、債務の不履行は無い。

(イ) 契約の当事者は、相手方をして一定の給付をなさしめる目的で契約を締結する。しかし自己が相手方の給付に対してなすべき反対の給付はその目的とするところではない。従つて、双務契約の当事者はその契約によりそれぞれ自己の目的とした給付を受けるべき権利を得るが、逆に右給付(相手方から見ればそのなすべき反対給付)の実現を強制さるべきものではなく、敢てこれを一方的に放棄することもその自由である(民法五一九条)。

(ロ) しかし債務者がその債務を履行するには債権者の協力を要する場合があり、その場合債権者が右の必要な協力をしないときは、債務者はその債務を履行することができず、外観的に債務不履行の状態を生ずるが、かかる場合債務者に右により生じた結果を帰せしめることはもとより正当でない。そこで右の結果はこれを債権者において負担すべきものとしたのが、民法第四一三条すなわち債権者受領遅滞の規定である。被告は右規定が「債権ノ効力」の節中に置かれていることをもつて受領遅滞を債務不履行と解する一論拠とされているが、同条が右の節中に置かれている理由は右に述べたところにこれを帰することを得べく、敢てこれを被告主張のように受領遅滞をもつて債務不履行の一態様としたものと解しなければならないものではない。

(ハ) もつとも、このことは債権者がその目的たる給付について常に受領の義務を負わぬことを意味するものではない。例えば、売主が不要の物件の除去を目的の一半としてその物件の売買を約した場合においては、買主は単にその物件を取得する権利を有するにとどまらずそれを引き取る義務を負い、もし買主がこれを履行しないときは売主は契約を解除することを得るであろうか。しかし右は、具体的契約内容の問題であつて、あくまでも債権者受領遅滞の問題ではない。

(ニ) なお、債権者が受領を遅滞した場合債務者に諸種の不利不便の生ずることも考えられるか、既にして当該給付の受領が契約上債務者の目的でない以上単に右だけのことで契約により設定された法律関係の全体を覆すことを一般に認めるのは相当でなく、契約上明示又は黙示により特に受領義務の認められている場合に限つて給付不受領を理由とする契約解除を認めることが結果的にもむしろ相当であると言うことができよう。

(ホ) ところで、本件で問題とされているのは所有権移転登記の申請であるが、買主は一般には目的物受領の義務が無いこと前述のとおりであり、かつ本件の場合買主の受領義務について何らの特約があつたものでもないから、訴外塚田には契約上右登記の申請をなすべき義務は無く、従つて右義務の存在を前提とする被告主張は失当である。なお、訴外塚田の受領遅滞の結果本件不動産の登記が実体と符合せず、そのため被告が何分かの不利益を受けていることは事実であり、かかる場合被告はその不利益を免れるために訴外塚田に対して右所有権移転登記申請手続をなすべきことを訴求することができるとの見解もあるであろうか(参考-(1) 東京地方裁判所昭和二六年一一月六日判決、下級裁判所民事裁判例集二巻一一号一二八三頁(2) 秋田地方裁判所昭和二八年一〇月二〇日判決、同四巻一〇号一五一四頁)しかし右により認められる登記申請請求権及びこれに対応する登記申請義務は、不動産登記の制度上生ずるものであつてこれを直ちに本件不動産売買契約上当事者の有する権利、義務であるということはできないし、また仮に然らずとしても単なる右義務の懈怠をもつて契約解除の事由となすことはできないものと考える。

二、(本件督促により契約解除権は生じない)

被告は、訴外塚田の登記申請懈怠は債務の不履行であり、従つて被告は訴外塚田が被告が昭和三十三年八月十一日になした前記督促に応じなかつたことによつて本件契約の解除権を取得した旨主張されている。

しかし、訴外塚田の登記申請懈怠が債務不履行に該らぬことは既述のとおりであるか、仮に右が債務不履行になるとしても、被告主張の督促は処分権無き者に対してなされたものであつて、契約解除権発生の要件たる督促としての効力を有しない。すなわち、

(イ) 被告の督促に先だつ昭和三十二年六月十一日本件代位原因たる国税債権を所管する品川税務署の署員大蔵事務官牧田敏己及び同藤田実郎は、訴外塚田に代位して本件不動産の所有権移転登記をするため、被告に対して右登記申請の同意書の交付を求めたが、被告はこれに応じなかつた。

(ロ) そこで原告は先づ昭和三十二年七月二十五日被告を債務者として御庁に本件不動生の処分禁止の仮処分命令を申請し(昭和三二年(ヨ)第四、三九四号)同月二十六日右仮処分命令を受けた上昭和三十三年七月二十五日訴外塚田に代位して被告に本件不動産の所有権移転登記申請を求めるため本件訴を提起したものであるが、その間に右国税債権を所管するに至つた東京国税局の局員大蔵事務官春名泰造は、昭和三十三年三月下旬訴外塚田に対し書面をもつて右代位権行使を通知している。

(ハ) 従つて、被告には本訴請求に応ずる義務のあること明らかであつて、かかる場合訴外塚田に対する前記督促によつて被告に本件不動産売買契約の解除権が生ずる理由も無ければ、従つてまた右督促にもとずく契約解除の意思表示によつて被告が本件登記申請義務を免れるべきいわれも無い。けだし、訴外塚田は被告の督促当時既に原告の本件代位権行使を知つていたものであり、従つて自らその権利を行使し得なかつた(参考-(1) 大審院昭和一四年五月一六日民集五五七頁(2) 東京地方裁判所昭和二六年一月一六日、下級裁判所民事裁判例集二巻一号三四頁)ものだからである。

昭和三三年一二月一八日附被告準備書面

昭和三十三年十一月十三日附準備書面の事実に対する答弁。

一、準備書面第一、の一に「被告主張の昭和二十三年分所得税の更正決定はその後取り消されており」とあるがこれは取消されたことはない。被告において審査請求を取下げたものである。昭和三十二年度分までの固定資産税及び都市計画税が訴外塚田において納付ずみであることは認める、其他否認。

二、同書面第二の二(イ)記載の事実は認める。(ロ)記載の事実中昭和三十三年三月下旬訴外塚田に対し書面をもつて代位権行使を通知したとの点は不知、其他認める。

被告の主張

昭和三十三年九月二十七日附答弁書において主張した報告の主張に次のように補充する。

第一、訴外塚田要人は、本件土地売買契約に当り、同人に於て所有権移転登記申請手続を行うべきことを約定し、この約定に基いて被告は所有権移転登記手続に必要なる委任状、印鑑証明書及び登記済証を同人に交付した。即ち同訴外人は被告に対して本件土地売買契約に基く所有権移転登記手続履行の債務を有するものである、よつて被告は昭和三十三年八月十一日附書面をもつて二週間の期間を定めて履行を催告したが、履行がなかつたので同月二十九日本件土地売買契約を解除したものである。

第二、本件土地売買契約に於ては、所有権移転登記申請手続を訴外塚田が為すべき約定であるから、同訴外人の登記申請手続の懈怠は通常の債務不履行として、法定解除権の発生原因となることは叙上の通りであるが、仮りに斯かる約定がなかつたとしても、被告は同訴外人の移転登記申請懈怠はやはり債務不履行となり、本件土地売買契約の解除権が発生すること同様であると信ずる。以下その理由を明かにする。

一、訴外人は特約がなくても不動産登記簿上は所有権移転登記申請義務を有することは明かであるが、この義務は売買契約上の受領義務としての性質をも持つものであつて、原告の主張する如く契約と無関係なものと解することは正当でない。即ち

(イ) 原告は双務契約の当事者はその契約により各々自己の目的とした給付を受けるべき権利を有するが逆に右給付実現の為権利行使を強制されるべきではなく、敢てこれを一方的に放棄することも自由であると主張する。しかし債権者と債務者の間は緊密な信頼関係に結ばれているから、斯かる自由を認めることは債務者の意思を不当に無視せざる場合に限り、無制限なこれらの認容は信義則の重視される現代では通用しない。各国立法例は債務免除をもつて契約としている程であるが(独民三九七条。瑞債一一五条。仏民一二八五条等。)我民法下に於ても全て私法上の権利行使は信義則に従つてなされなければならないから免除した場合によつて権利濫用としてその効果を否定されることがあり、同様にして権利の不行使もまた権利行使の一態様として信義則の制約をうけるものである。換言すれば全ての私法上の権利行使は信義則によつて法律上義務づけられているものである。それは私権は成立のそもそもから社会全体の福祉と調和する限りにおいてのみ存在しており、国民はその範囲でのみ利用しなければならぬ責任を負うからである。(民法第一条憲法第一二条)

現代社会に於ては私権の絶対性は否定され各種法律関係は著しく信義則によつて規制されて来るところから、契約関係は契約当事者の意思に依り生じた債権債務の総和に過ぎぬものではなく、契約内容に非ざる法律上の権利義務が多数存在する。(例えば通知義務。担保責任。抗弁権。解除権。対価の減額請求権。買取請求権。任務終了後の善処義務等。)しかし契約関係における信義則の要請する法律上の義務はこれら法律上具体的明文あるものに止まらず権利行使の義務もまた其の一であることはいうまでもない。契約関係は両当事者の信頼に結ばれた協同体であるから信義則による債権行使義務は強く要請されるところであつて権利行使は債権者の恣意に委ねられるとする原告の主張は民法第一条の存在を全く忘れた議論というべきである。

(ロ)債権の内容たる給付の実現は債務者のみならず債権者にとつてもまた信義則上の義務であるところから、給付の受領は債権者にとつて権利であると同時に法律上の義務でもある。不動産売買契約に於ては受領行為は移転登記申請と目すべきであるから、一般に売主のみならず買主にもまた移転登記申請をなす契約上の義務ありと解すべきである。

原告の主張する如く特約ある場合しか買主に契約上の登記義務がないとすれば全て買主は物を買つても引取る必要はないという結果になるが、それは契約当事者の意思には合致せず不合理である。不動産売買契約に於ては、売主も移転登記完了によつて公租公課等の負担を免れる利益を有するので登記請求権を有し、訴外人がこれに対応する登記義務を有することは原告も認めるが、原告はそれは登記制度の本質より生じるものにして契約関係によつて発生するものではないと主張する。

しかしながら、契約に依る物権変動は登記しなければ契約が完全に履行され契約関係が終了したことにならない点で登記申請義務は不動産登記法に基くものであるが。同時に契約上の受領義務であるという性質をも兼ね具えているものである。

二、訴外塚田の移転登記申請義務の懈怠は受領遅滞に陥り、これは債務不履行となるからこれに対して履行を催告し解除権を取得したとの被告の主張に対して原告は受領遅滞は債務不履行に非ずとするが、以下原告の主張の欠陥を批判し、受領遅滞は不履行と解することの正当性につき被告の見解を明らかにする。

(イ) 原告の如く受領義務を否定する見解からは、受領遅滞の責任は受領義務違反従つて故意過失を前提とするものではなく、無過失責任ということになる。近代法に於ては過失責任が大原則であつて、我が民法に於ても無過失責任制度は例外中の例外として僅少な存在であり、いずれも正当な根拠に立脚し、法文に明定されている。民法第四一三条は表現が簡潔で一見趣旨が明らかでないところから解釈が多岐に分れているが、趣旨の曖昧な条文を例外中の例外たる無過失責任制度と解することは債務不履行さえも過失責任であることと甚しく不均衡である。第四一三条が「遅滞ノ貴ニ任ス」と規定するからにはその前提として法律上受領義務があり、その義務違反については過失責任を追及すべきものと解するのが妥当であり、これは債権行使は信義則によつて義務つけられるという被告の見解に合致するものである。

(ロ) 斯様に受領遅滞の本質は受領義務違反と解するのが正当であるが、受領遅滞の責任の具体的な内容は第四一三条の規定するところではない。故に受領遅滞の責任内容は、各時代の社会の向上発展に伴い他の法条とも有機的関連を与えながら、解釈法学上合理的に決定さるべきものである。私権の絶対性を極度に偏重し、その社会性を無視した旧思想の下に於てはいざ知らず、憲法第十二条第二十九条等にも明かな如く私権の社会性や義務性が高度に尊重される我が法制の下では、契約関係に於て当事者の自由意思を斥かせて権利義務の内容や行使の方法を規制する信義則の役割は強大である。信義則が契約関係に干渉する傾向は増大し今や当事者の意思よりも優位に立つものであるから、意思に基き発生した義務よりも信義則に基く義務を軽んずる理由はない。そして、信義則による義務は全て当事者の合理的な意思に合致するもの、換言すれば当事者に於て契約内容とし得べかりしものであり、当事者が斯かる行為を特約しないときに契約内容を補充し双方の欲するところを完全に平等に実現させようとするものである。故にこの義務違反と契約当事者の意思によつて発生した義務違反とを法律上同価値に評価して、いずれもが同様の法律効果を招来すると解することもまた当事者の合理的な意思に合致するものといわねばならない。故に受領遅滞は債務不履行であり受領遅滞の効果を斯く強力なるものであると解しなければ信義則による債権関係の規律は全うされず、民法第一条の精神は貫徹されない。

(ニ) なお原告は、受領遅滞によつて一旦設定された法律関係を全部覆すのは相当でないことを受領遅滞-債務不履行による解除権発生を否定する論拠として主張している。しかし一旦設定された法律関係の全体を覆すことが、社会経済上不利益となるから、解除権行使が容易に許さるべきでないことは何も受領遅滞に限らず解除権全体の問題として言いうることである。第六三五条但書の如く明文ある場合のみならず、全ての解除権行使もまた信義則の制限に服し、両当事者の不利益を比較考量し、不履行の部分が給付全体からみて軽少なものであれば、たとえ給付全体が不可分であつても解除できぬことはいうまでもない。しかして不動産売買契約に於て所有権移転登記は最も重要な給付であつて履行されぬときは解除権を発生することはいうまでもない。殊に訴外塚田は売買契約締結後十年余も登記申請義務を怠つており今や全く登記申請の意思は認められず、従つて本件不動産を取得することを欲していないと認められるので、被告に於て一方的に解除権を行使しても同人に何等の不利益を与えることにはならない。依つて本件解除権の行使は正当である。

三、原告は訴外塚田に対し昭和三十三年三月下旬に代位権行使を通知したので、同訴外人は以後本件登記請求権についての処分権を失い、故に其後に為された被告の催告は効力がなく本件解除権は発生しないものとするが、原告が代位権行使を通知してもなお同訴外人は本件登記請求権を行使することができるから、本件催告及これに基き発生した解除権の行使は有効である。

(イ) そもそも債権者代位権の制度の目的は、債務者の一般財産の不当な減少を防ぎ債務者の履行を確保する為のものであるから、債務者が行うべき権利を行わずして一般財産を不当に減少させ又は増加を妨げているときに限つて第三債務者に対し何等の直接の法律関係に立たざる一般債権者をして債務者の有する権利を行使せしめる制度である。

債権者代位権の制度が斯様な目的にあり、また権利の代位行使ということは債権者に対して権利そのものが移転することを意味するものでない以上、債権者が代位に着手したからと云つて債務者はそれが為に自己の権利行使を妨げられることはなく、従つて第三債務者も債務者に対して履行することを妨げられない。むしろ債務者が自ら権利行使に着手した後は、たとえ代位着手後であつても債権者は最早代位権行使の必要がないから自らは代位権行使を止めなければならない。即ち債務者が行うべき権利を行わぬことは、代位権発生の原因であると共に代位権行使の要件でもあると解すべきである。けだし、債権者が代位行使を止めても債務者自ら権利行使をすることで一般財産保全の目的は達成されるから債権者の保護に欠けるところはなく、また自己の権利行使に際し一般債権者に敢てこれに干渉される何等の法律的根拠はないからである。

もし債務者による権利行使によつて債権者の利益が害されるならば、その行為は詐害行為として民法第四二四条により救済を求むべく債務者自らの権利行使が債権者を詐害することを杞憂して代位行使着手後の債務者の権利行使を禁じるとの見解は本末顛倒も甚しい。故に本件に於て原告が訴外塚田が被告に対して有する登記請求権について代位行使に着手しこれを同訴外人に通知しても、同人自らが右登記請求権を行使して移転登記申請を為しうること当然であるから、被告が右登記申請の履行を催告しても何等不能の行為を求めたことにならず、本件催告が有効であることは論を俟たない。

(ロ) 原告は、判例(大判昭和一四年五月一六日民集五五七頁)によれば債権者が代位権行使着手を債務者に通知したときは債務者は爾後その権利について処分行為をなしえぬものとされるところから、訴外塚田は代位行使着手通知後本件登記請求権を行使することを得ず従つて同人に為した催告は無効であるとするが、原告の云うところの処分行為とは如何なる内容の行為を指すか全く不明である。そもそも債権者代位権行使後に於ける債務者の処分権の制限は、債権者をして債務者の有する権利の行使を全うさせる為の保護手段であるが、前述の如く債権者の代位権行使に着手した後といえども債務者は権利行使を妨げられることはなく、また債権者は債務者の一般財産保全の範囲で保護をうければ必要にして且つ充分であるから、代位行使着手後は権利行使と目すべき行為まで全て禁じられるものとするのは制度の本旨を極端に逸脱し不当である。代位権行使着手後禁じられる非訟事件手続法第七六条第二項に所謂権利の処分とは、債権者代位権制度に於て保護さるべきものは手段たる債権者の代位行使ではなく結果たる債務者の一般財産の保全であることに鑑みるとき、その権利に関し為した行為にしてその権利の本来的行為以外のものであり、且つその権利を変更又は消滅させることによつて終局的に一般財産の増加を妨げ又は減少を招くような行為を指すものと解すべきである。本件登記請求権を訴外塚田自身が行使し登記を完了すれば、本件登記請求権は消滅するけれども、移転登記の完了によつて一般財産が実質的に増加することになるから、同人による登記申請は非訟事件手続法第七六条第二項や判例学説等に所謂処分行為にあたらない。

(ハ) なお原告は債権者が代位権行使着手後は債務者は自ら権利行使ができなくなることの根拠として前記判例を挙げているが、右判例の理論は誤つており、また多くの理論的欠陥もある。

事実関係のみならず法律的な争点をも著しく異なる本件につき右判例を引用することは適切でない。事案は債権者が不法占拠者に対し土地明渡請求権を代位行使して後に債務者が自ら同内容の訴を提起したため前訴が不適法なりや後訴が不適法なりやが問題となつたものであるが斯様な場合は、前訴と後訴は原告を異にするが実質的には同一の請求であるから二重起訴の関係にたつが、通常の二重起訴の場合と異なつて後訴提起によつて債権者は代位権従つて訴訟遂行権を失うから、前訴を不適法として却下すべきである。ところで此の事案は、代位権が制度の本来の目的である一般財産保全のために利用されたものでなく特定債権の履行確保のために代位権の適用範囲を特別に拡張する場合であつて本件と事実関係を著しく異にするが、斯かる場合は特に債権的利用者保護の為に後訴の請求を斥けるのが具体的に妥当であるとしてもその根拠は矢張り二重起訴に求むべきである。

(ニ) なお本件に於ける第三債務者たる被告は原告が訴外塚田自らの権利行使の場合に比し不利益におかるべき理由なく、本件催告により解除権を取得したのであるからこれを自由に行使できることはいうまでもない。解除の意思表示は権利を代位行使している債権者に為すべしとの見解もあるが(参照-朝高昭和三年二月二八日民録一五巻五三頁)、代位権行使により債権関係が債権者にそのまゝ移転するものではなく、また債務者の相手方の解除権行使は一方的行為であつて債権者が代位行使を開始すると否とによつてその意思表示の相手方が変るいわれはないから、債務者たる訴外塚田に対し解除の意思表示をなしたことは正当である。

準備書面(原告第二回)

被告提出昭和三十三年十二月十八日付準備書面に対し次のとおり陳述する。

一、被告の主張第一について(登記申請義務の特約の有無)

訴外塚田が被告主張のような登記申請義務の特約をしたことは否認する。

不動産の買主がその売買契約に当り敢て所有権移転登記申請の義務を特約するようなことは、その前提に余程特殊の事情が無ければ有り得ないことであるが、本件土地売買契約に当つては何らかかる事情は無かつた。なおこの点に関して、被告は訴外塚田が同人において右登記申請をなす趣旨で被告からその主張の書類の交付を受けたとの事実を挙げておられるが、右は単に買主が売主の将来の不履行を慮つて予め登記の申請を確保し又は実際的な便宜のために通常とるところの措置に過ぎず、それ自体何ら右のような特約の存在を意味するものではない。

二、被告の主張第二について

(イ) (受領遅滞と債務不履行)

被告は、権利者には信義則上権利を行使する義務があるものであり、なお不動産登記上買主に登記義務があるということも結局契約上買主に右義務のあることを意味するものであるから、いずれにしても買主の登記不履行は債務不履行を構成するものであるところ、所有権移転登記は不動産取引上最も重要な給付であるから、その不履行が契約解除権を発生させることもとよりである旨主張されている。しかし右主張は失当である。

(1)  なるほど権利の行使も義務の履行と同様信義則に従つてこれをしなければならないが、右元来権利行使の方法も信義則によつて規制され、従つて権利の行使も信義則に反してはその本来の効力を認められないことを意味するものというべく、これから直ちに権利者には常に権利を行使する義務があるものと結論することはできないと考える。それのみならず、そもそも契約上買主に一定の行為をなす義務があるかどうかは一に契約の意思解釈によつてこれを決すべきものであつて、右被告の主張のように契約当事者間の関係を律するに権利又は義務をもつてするほか権利行使の義務なる観念をもちいることはたゞに無用であるばかりか権利の観念にも適合しないものであると考える。換言すれば、権利者が権利の内容たる行為につき同時にこれをなすべき義務を負うことは何ら妨げのないところであるが、原告がさきにも主張したように、権利者にかかる義務が認められるのは、一に契約の具体的内容によるものであつて、右被告の主張のようにそれが権利の内容たるがためではない。

(2)  また不動産登記の制度上仮に買主に登記義務があるとしても、これからして当然買主に契約上も同様の義務があることになるものではない。けだし右登記制度にもとずく権利義務は、もつぱらある物権変動の結果生じた実体と登記との不一致を正すために、その不一致の継続する限り認められるものであつて、それは当事者の信頼を基礎とするものでもなく、また実体的な関係でもなければ何らが実体的な債権債務の存在を前提とするものでもないから、契約上の権利義務と直接の結合は無く、契約上買主が右登記をなす義務を負うかどうかの判断は、あくまでも契約の内容自体の解釈にこれを求めなければならぬものであると考える。

(3)  この点と関連して、被告は所有権移転登記が不動産の売買契約上重要な給付であることを挙げておられるが、右は取引上一般に買主について言えることであつて、売主について言えることではない。売主も右登記の不履行により時に不利不便を受けることはあるであろうが、しかし売主としては、契約上特別の事情の無い限り、右不履行によつてその権利ないしその権利ないしその契約によつて本来所期した目的の達成を何ら妨げられるものではなく、従つてかかる場合が常に債務不履行となるとし、またはさらに進んでかかる場合当然契約解除権が発生すると解すべしとすることは、これを正当とし難いこと原告の既に述べたところである。

(4)  以上要するに、原告は権利の不行使は債務不履行を構成するものではなく、これによる相手方の不利益は受領遅滞の責任、供託、登記請求権等によつて救済されるものとしても、それが契約上特に売主のために重要な事項として取り扱われている事情の無い限りは、既にその登記の実現そのものは売主が因つてその契約を締結した所以ではないのであるから、売主が右登記義務の不履行を理由に契約を解除することは権利の濫用であり到底認められぬところであると考える。

(ロ) (債権者代位権)

被告は、債権者代位権の行使の債務者に対する代位権行使著手の通知は債務者の処分少くとも権利の行使自体まで妨げるものではなく、従つて被告の訴外塚田に対する本件督促は有効であり、その結果被告には本件契約の解除権が生じたものである旨主張されている。しかし被告のこの主張は、権利の行使であれその他の処分であれそれがよつて債権者代位権者の代位権行使を徒労に帰せしめることにおいて何ら変りのないこと及び次に述べるように右所論の結果が債権者代位権制度の趣旨にもとることを理解しないものであつて失当である。すなわち、債権者代位権者は債務者がその有する権利の行使を怠つている場合においてその者に代つて右権利を行使するものであるから、相手方たる第三債務者は右の行使を受けたときは代位権者に対し信義則に従つて債務の履行をなすべきものであり、従つて少くとも第三者の代位権者に対する関係においては、代位権者の右請求が存続している以上債権者遅滞の問題の生ずる余地が無いものというべきである。しかるにこれを被告主張のように、受領遅滞-債務不履行であるとしながら、第三債務者は代位権者の右請求にかかわらず債務者に対して受領の督促をなし、同人が受領を怠るにおいては契約を解除し得るものと解するときは、同人のかかる懈怠の効果を防止するためその債権者に対して右の者に代り受領その他権利の行使を認めた債権者代位権の制度は根抵から否定されるものと言わなければならない。

以上

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